第三話・トラウマ

「・・・・・・」
「どうしたの？」

ヤバイ。喋れない。

急に・・・悲しくなって・・・。

涙が・・・。

「ちょ・・・ゴメ・・・」

思わず顔を伏せた。
何とか喋ろうとしても声が上手く出せない。
涙が溢れ出して来る。
手元にあったおしぼりを取り顔を押さえた。

何やってんだ、俺・・・。
こんなとこで・・・。

「ただいまー」

母さんの声だ。帰って来たのか。
最悪だ。タイミングが悪過ぎる・・・。
何て言われるか・・・。

「あら？どうしたの雅博？」

その時、誰かに抱えられるように席を立たされた。
顔はおしぼりで押さえたままだ。

「すいません、おばさん。
　雅博君、急に気持ち悪くなっちゃったみたいなんです」
「ええ！？大丈夫？」
「ちょっとトイレに連れて行きます。
　多分大丈夫だと思いますけど、危なかったら言いますから
　とりあえず待ってて下さい」

俺はそのままトイレに連れて行かれた。
鍵を閉めた音が聞こえる。

「まさと。ここなら泣いても大丈夫だよ。大声を出すと聞こえちゃうけどね」

え・・・？

じゃあ憂樹は・・・
俺が泣いても良いようにここに連れて来てくれたのか・・・。

・・・何だか、悲しくて仕方なかった。
とにかく今は・・・、ただ泣きたかった。
俺はしゃがみ込み、声を出さないようにしてしばらく泣いた。



・・・どれくらい経ったんだろう。
数分だったろうけど俺は泣き続け、ようやく涙が止まった。
幸いにもその間にノックは無かった。

顔を上げると、憂樹がこっちを見ていた。

「落ち着いた？」
「え・・・、ああ・・・」

上手く喋れない。

「あげる。飲みなよ」

そう言いながらポケットからペットボトルのお茶を出すと
俺に渡してくれた。

「トイレじゃ美味しくないかも知れないけどね」
「ありがとう・・・」

俺は一口、お茶を飲む。
美味しくないなんてとんでもない。こんな美味いお茶は初めて飲んだ気分だ。

「あの・・・、ゴメン、何かカッコ悪いとこ見せた上に迷惑までかけて」
「別に気にしてないよ。それより私の方こそゴメン。
　知らない内に悪い事言っちゃったみたいだね」
「・・・・・・」

理由は分かってる。
憂樹の『退屈な人間』という言葉だ。
アイツにフラれた時・・・そう言われたから。
その言葉に過敏に反応しちゃった、って所だ。
どうやら相当なトラウマになってるらしい。重症だな。

と言うか、憂樹に何て言えば・・・。

「戻れる？」
「え？」
「もう十五分くらい経ってるよ。おばさん心配するから」
「ああ・・・」

十五分も泣いてたのか。

「まだヤバイなら、おばさんに言って来るけど」
「いや・・・、もう大分落ち着いた。戻れるよ」

俺はトイレの水道で軽く顔を洗い顔を拭いた。

「まさと。とりあえず、吐いてたって言うと良いよ。
　それなら泣いちゃって目が赤くなったって言えるでしょ」

・・・そんな事まで考えてくれたのか。

「憂樹・・・」
「ん？」
「ホントに・・・ゴメン」
「はいはい、気にしない気にしない」

憂樹が機転をきかせてくれたおかげで母さんに変に思われず
周りから変な目でに見られて恥をかく事も無かった。
さすがに多少は見られたけど最悪の事態だけは避けられた。

ちょうどみんな食べ終わってたし、もう帰る事になった。

母さんが会計を済ませてる間、俺は憂樹に質問してみた。

「あのさ・・・」
「ん？」
「さっきの事だけど・・・」
「しつこいよ。私は気にしてないんだから、まさとも気にしないの。
　そもそもお互い様なんだし」
「ああ・・・ゴメン。いや、それもあるけど・・・
　やっぱり話した方が良いよね？」
「何を？」
「何って・・・、泣いちゃった理由だよ」
「別に。話したくないでしょ？
　それなら聞きたいとは言わないよ」
「え・・・」
「誰にでも、触れられたくない事があるでしょ。
　私は知らない内にそれに触れていた。
　だからまさとは泣き出した。違う？」
「・・・・・・」

・・・正解だ。

「それなら私は、好奇心でそれ以上の事を聞く事は許されないの。
　だから私は何も聞く気は無いよ。
　まさとが話したい、なんて言い出すなら聞くけどね」



俺はやっと分かって来た。

憂樹の・・・、いろんな意味での『凄さ』というモノが・・・。



つづく（第四話へ）



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