第五話・洗礼

俺はしばらく興奮状態が続いた。
どうしてこんな気持ちになったのか、自分でも分からない。

「まさと？聞いてる？」
「え？ああ、聞いてるよ」

憂樹に気付かれないように深呼吸をする。
興奮してる事がバレたら何て思われるか。
ただでさえ今日は恥ずかしい事が続いてるんだから。

「・・・ねえ」
「え！？」
「その手、どうしたの？」
「・・・あ」

さっき壁を殴った時に出来た傷だ。

「ああ、これ？ちょっとぶつけちゃってさ。ははは」
「ふーん・・・」

・・・憂樹の目が笑ってない。
今度は緊張して来た。憂樹に何もかも見透かされてるような気分だ。

「あのさ、まさと」
「何？」
「これから一緒に暮らして行く訳だし
　今の内に分かり合った方が良いってのはさっき言ったよね」
「言ってたね」
「じゃあこれも今の内に言っといてあげる。私に嘘はつかない方が良いよ」

・・・！！！

「どういう意味かな・・・？」
「どういう意味だと思う？」

・・・嘘をついてもすぐ分かるよ、とでも言いたいのか。

・・・怖え。

「怒ってる？」
「怒ってないよ」

何か気まずい空気になって来た。

「あのね、まさと。私は嘘をつかれるのは嫌いだけど
　明らかに嘘と分かる事を言われるのはもっと嫌いなの。
　嘘をつくなら、せめてバレにくい嘘をついてって事よ」
「嘘と分かる・・・？」
「ぶつけたくらいでそんな傷になる訳無いでしょ。
　どう見ても何度も殴ってできた傷じゃない」
「・・・！！！」

探偵か、コイツは・・・！？

「何でそんな事をしたかは聞かないけどね。
　ただ、隠すなら隠すなりの努力はした方が良いよ。
　まさとだって、明らかに嘘って分かる言い訳なんか聞きたくないでしょ」
「・・・・・・」

何も言い返せない。

「今日親しくなったばっかりだから、推測でしか無いけど・・・。
　まさと、嘘をつけない性格してるでしょ」
「・・・何でそれを」
「話してれば分かるよ。さっきの履歴の話だって嘘なんでしょ？」
「え・・・」

バレてたのか・・・。

「言葉に詰まったからすぐ分かったよ。答えを用意してなかったって事もね」
「で、でもさ」
「何？」
「それは・・・、誰もが分かるって事でも無いだろ」

うわ・・・、何か見苦しい言い訳しちゃってる。

「確かにね。ただ、それは他の人の話であって私は違うって事。
　その程度なら簡単に分かっちゃうから。
　嘘をつくならそれなりにバレないようにする。
　それが出来ないなら無理してつかないで正直に言って。
　これもさっき言ったけど、言いたくない話なら細かく聞いたりはしないから」

・・・・・・。

「ゴメン・・・、なさい」
「・・・素直だね」
「いや・・・、何か・・・、その通りって言うか・・・。何も言えなくて・・・」
「そんなに悲しそうな声出さないでよ。私が虐めてるみたいじゃない」
「・・・憂樹」
「ん？」
「どうして憂樹は・・・、そんなに強いんだ？」
「強い？私が？」
「俺なんかよりずっと大人の考え方で、いろんな事に徹底してて・・・。
　いろんな物を見てて・・・。年下とは思えないよ」

・・・また涙が出てきた。
でも話を止めたくなかった。聞いて欲しかった。

「・・・私は自分が強いだなんて思ってないけどね。まさとにはそう見えるんだ。
　それは嬉しいな、やっぱ」
「教えてくれ、憂樹・・・。どうすれば・・・、憂樹みたいに強くなれるんだ・・・？」


俺は・・・、欲しかった『答え』がここにあると・・・確信した・・・。


つづく



↓宜しければ押してやって下さい