第六十一話・そのままでいれば良い

鈴木さんとカラオケを終えた俺は、家に帰って来た。

・・・憂樹に相談してみようかな。

すぐ頼っちゃうのは俺の悪い癖だと分かっているんだけど
どうにもこうにも問題が厳し過ぎる。
って、問題に直面してる訳でも無いんだけどさ。

とりあえず・・・、聞いてみるか。

「憂樹？俺だけど」
「開いてるよ」

ドアを開けると、パジャマ姿の憂樹がいた。

「何でしょう？」
「・・・ちょっと相談があるのですが」
「相談？」
「バイト先に、女の子が二人いるって話をしたでしょ」
「はいはい。一人が愉快な彼氏に入れ込んでるって言う、アレね」

相変わらず厳しいな・・・。

「で、今日はもう一人の子の話なんだよね」
「・・・また何か問題でも抱えてるの？」
「まあね・・・」
「今度は何？」
「そっちの人ってさ、子供の頃に虐待されてたんだって」
「・・・あら」
「それで今は、精神科に通ってて・・・リスカしてるんだって」
「大変だね」
「普段はそんな感じじゃないんだけどね。
　すっごい明るい人なんだ」
「それで？」
「え」
「私に相談したいって事は、何か問題が生じたとかじゃないの？」
「・・・そこなんだけどさ。
　問題が出て来る前にちょっと聞いておきたくって」
「どう言う意味？」
「その人と、どんな風に接すれば良いのかなって」
「・・・また難しい相談を持って来るわね」
「難しいの？」
「あのね、まさとは私を過大評価し過ぎだよ。
　私だって分からない事くらいあるよ。
　そう言うのは専門家じゃないと分からない事が多いけど
　私はその専門家じゃないんだから」
「・・・そりゃそうだ」

・・・当たり前だよな。
いくら憂樹でも何でも知ってる訳じゃないんだから。

「まあ、親から虐待されて愛情を受けられなかった子が
　リストカットに走るケースは多いらしいけどね」
「そうなんだ」
「そしてそれは、男より女が多いらしいの」
「何でそうなるの？」
「・・・分かんないよ。前にちょっと見ただけだから」
「そっか・・・」

知識として知ってはいるけどその理由までは分からないか。
これじゃ相談もしようが無い、か・・・。

「・・・で、どう接すれば良いか、だっけ」
「うん」
「その子は、まさとに何て言ってその話をしたの？」
「え、俺なら信用出来るから話そうと思ったって」
「つまり、信用出来ない人には話さないって事だね」
「話すと引かれて、離れて行っちゃうらしいよ」
「まさとは引いたりしてないの？」
「別に。驚きはしたけど」
「なるほどね」
「え？」
「推測だけど・・・接し方は今まで通りで良いんだよ」
「そうなの？」
「そう言う本当の部分を見せるのは、本人の言う通りで
　まさとの事を信用したからだと思うんだ」
「そうだろうね」
「で、その子が一番望んでるのは、そんな自分でも変わらず
　今まで通りでいて欲しいって事なんだよ、きっと。
　別に何かして欲しいって言われた訳じゃないんでしょ？」
「まあね」
「じゃあ、そのリスカの事を掘り下げようとしたりしない位かな。
　その辺りも、まさとなら触れないでいてくれるって思った。
　つまり・・・信用したからじゃないかと」
「なるほどね・・・。何かする必要なんか無かったんだ」
「まさとは難しく考え過ぎてるんだよ。
　正解は無理だけど、これくらいはすぐに推測出来るよ」
「・・・そうかな！？」
「今、それは憂樹だから出来るんじゃないか、とかって思ったでしょ」
「・・・う！」

思いました・・・。

「まさとは充分賢くなってるんだから、もっと自信を持ちなよ。
　自信の無さが思考力や洞察力を鈍らせるんだよ」
「そうなのかな・・・」

確かに自信は無いな・・・。
経験自体が乏しいから自信がつくほどじゃないんだよな。

「ありがとう。参考になったよ」
「いえいえ」

俺は自分の部屋に戻った。

ん。メールが来てる。
鈴木さんからだ。

『今日は話を聞いてくれてありがとね。
　帰る時も言ったけど、またカラオケ行こうね☆
　今度はオールでやりたいな』

・・・また無茶をおっしゃる。



まあ、とりあえず・・・。
俺は今まで通りで良いのか。

でも何か特別な事をしてるって意識も無いんだけどな。

意識しなくても、素で優しく出来てるって事なのか。

じゃあ憂樹の言う通り、難しく考えなくて良いのかな。



つづく



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