第六十四話・揺れ動く心

彼氏にフラれてしまった山口さんだったけど・・・
とりあえずバイトには来た。

「大丈夫ですか、山口さん」
「はい、何とか・・・」

鈴木さんにバレないよう、誤魔化しつつ話す。

「これ以上休んだりすると
　華穂ちゃんに心配かけちゃいますし・・・」

確かにな。
『treasure』が出来なかったり、バイトを休んだりしてるから。

山口さんは、鈴木さんが奥に行ったのを見ると
俺に昨日の事を話してくれた。

「昨日・・・、喧嘩の理由が分からないって言ったじゃないですか」
「はい」
「一晩経ったら・・・思い出しました」
「どんな理由だったんですか？」
「ちょっと・・・、ある約束をしてたんですよ。
　それを破っちゃったんです」
「それだけですか！？」
「はい。凄く怒られました・・・」

普通、それだけで別れ話にまで発展するか・・・？
やっぱり憂樹の言ってたように
相手の男は喧嘩するチャンスを探してたって事なのかな？

「でも、私もうっかり約束を破る事が多くって・・・
　初めて破った訳でも無かったんですよ。
　何度も続いたから呆れられたんでしょうね・・・」
「・・・そうですか」

って事は、前々から不満が積もり積もってただけ・・・？

いや、それでもそんな事が別れ話になるのは不自然じゃないか？
まあ俺の個人的な考え方でしか無いけどさ。

「その後、相手から何か連絡とかは？」
「・・・ありました。今朝、メールが来たんです」
「ほう。何て言って来たんですか？」
「もし、今いる友達全てと縁を切ったら
　仲直りしてあげるって書いてありました」
「は！？」

何だそりゃ・・・！？
滅茶苦茶過ぎるぞ、いくら何でも・・・。
何様のつもりなんだ、そいつは・・・！！

「何でそんな事を？」
「彼は、私が『treasure』にハマってる事を知ってるんです」

・・・未だに『彼』と呼ぶのはおかしい気もするけど
まあ触れないでおこう。

「で、それ絡みで約束を破っちゃった事が何度もあったんです」
「つまり、それを止めさせれば
　山口さんが約束を守るようになると考えたんですかね？」
「そうだと思います。彼、約束とか破られるのが大嫌いで
　そんな事をする人は最低だってよく言ってましたから」

・・・そんなろくでなしに、礼儀云々を語られたくないな。

それに憂樹が言ってた事がある。
信念とかを口に出すヤツ程、自分が守る側になるとやらない。
守ってもらう事にはうるさいけど、守るのはいい加減。
本当に守れる人はそんな事を語ったりせず寡黙に守るもんだって。

「私、何度もそれを許して貰ってたんですけど
　さすがにもう我慢の限界だったみたいで・・・」

そこを我慢するか、怒るけど相手を正してやる事こそが
本当の彼氏としての在り方だと思うんだけどな。
俺が甘ったれた考え方なのかな。
間違ってるとも思えないんだけど。

まあ、愛が無くなっていればそうなるのも当たり前で
その彼氏には元々、愛なんて無かっただろうから・・・
これも憂樹の言う通り、当然の結末だったって事か。

意識を変えさせてれば許して貰えたかも知れないけど
それを怠ったからウザさを感じさせるようになってしまい
ちょっとしたきっかけで別れ話になったのか。

「で・・・、そのメールには何て返したんですか？」
「まだ返してないです」
「何でです？」
「どう返して良いのか・・・、分からなくって」
「え、山口さんは仲直りしたいんですか？」
「・・・はい」

うわあ・・・、最悪のパターンだ・・・。
やっぱり前に進めてない・・・。

「山口さん・・・、それじゃ前には進めませんよ」
「分かってますけど・・・、でもやっぱり・・・」
「でも仲直りするには
　その無茶な条件を飲まなくっちゃいけないんですよ？
　飲む気なんですか、もしかして？」
「出来る訳無いじゃないですか！そんな事・・・出来る訳・・・」
「・・・そうですか」

仲直りはしたいけど、条件も飲めない。
激しい葛藤をしてるって訳か・・・。



・・・この時、俺は気付いていなかった。

自分の心臓の鼓動が激しくなっていた事に。

そして・・・。もちろん、その理由にも。


つづく



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