第四十四話・負けたくない

「そう言えば憂樹って、やけに詳しいよね」
「まあねん」
「何でまだやってないイベントのアドバイスが出来るの？」
「そのイベント、毎年やってるからね」
「え、そうなの？」
「ダークエルフの配布イベントだってそうだよ。
　毎年、春にやってるんだから。
　夏になればウォーリア対象のイベントがあるし
　季節毎にそう言う類いのイベントをやってるんだから」
「そうだったんだ。
　・・・って、憂樹ってそんな前からやってるの！？」
「私、『treasure』が始まった時からやってるから」
「え！！」

って事は・・・。

「もう三年以上・・・？」
「それくらいになるのかな。
　二年過ぎた辺りから、のめり込まなくなったんだけどね」
「へえ・・・」

つまり、キャリアが最長のプレイヤーの一人と言う事か。
そりゃ詳しい訳だ。
正に『生き字引』ってやつか。

「で、次にやる時、作戦会議みたいなのした方が良いよ。
　装備とか道具とか、揃えるべき物があるでしょ？」
「そうだね。そうするよ」

憂樹がいて良かった。
何とかなるかも知れない。

いや・・・
何とかしてみせる。



翌日。今日はバイトだ。

鈴木さんと山口さんには昨日会ったばかりだけど
また会う事になるなんて、本当に日常は変わったんだなと実感する。

「あ、おはよう！」
「おはよう・・・」

危うく「ございます」を付ける所だった。
そうしたらまた何か言われただろうな。

「山口さんは？」
「裏にいるよ」
「じゃ着替えて来る」
「あい」

着替えの為に裏に行くと山口さんがいた。

「あ・・・、おはようございます」
「おはようです」

うーん、どうも山口さんには敬語を使ってしまう。
そしてそれは、山口さんも同じらしい。

「はは、直らなかったですね。敬語使うの」
「みたいですね」
「ま、いきなりじゃなくて
　だんだんに、って事で良いんじゃないですかね」
「そうですよね」

うん、前より少しだけ距離が縮まってる気がする。

「あ、それ出しちゃうんですか？」
「そうなんですよ。返品らしいんです」
「じゃあ、僕がやります」
「いえ、私がやりますよ！」
「大丈夫ですよ。昔から力仕事は男の担当って決まってますし」
「ありがとうございます・・・」



さて。

カッコつけたは良いけど・・・
結構重いなこれ・・・。数もあるし・・・。
山口さん、一人で運ぶ気だったのか？

誰か呼びたかったけど、今更そんな訳にはいかない。
頑張るしかない。



終わった頃には、軽くだけど息が切れていた。

・・・情けないな。
運動もするべきらしい。

俺は着替えると、店に出た。

「あ、終わりました？」
「ええ、何とか」
「ごくろーさま」
「いえいえ」

・・・カッコつけるのも楽じゃないな。

「あ、二人とも終わった後は暇？」
「うん」
「大丈夫ですよ」
「じゃあ、昨日話した魔法使い対象のイベントの事で
　話したい事があるんだけど」
「じゃ、またファミレスでも行こっか」
「そうだね」
「分かりました」
「・・・優希子、まだ敬語使ってるの？」

ああ、やっぱりそこに触れたか。

「だって何か・・・、難しくて」
「ま、別に良いんだけどね」
「・・・・・・」

何だそりゃ。結構アバウトだな。



そして俺達は、仕事の後にファミレスに行き作戦会議をした。

鈴木さんも山口さんも、イベントの事は知ってたが
詳しい概要は知らなかったらしい。
鈴木さんがレックスさんにメールをして確認してみると
レックスさんも詳しくは知らなかったとか。

いい加減だな、みんな・・・。
まあ俺もそうだったんだけど。人の事は全く言えないな。

憂樹に聞いたアドバイスを元に、事前に出来る準備は全てしておく。

レベル上げは意味が無い。
とにかく、準備に専念する事にした。



負けたくない。

『負けられない』より『負けたくない』。

今、俺の中にあるのはそれだった。

相変わらず、俺をそこまでさせる理由は分からないままだけど。



そして遂に・・・

イベント当日を迎えた・・・。



つづく



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