第百八十七話・また戻る日常

そして、またバイトの日がやって来た。



「あ、おはようございます工藤さん」
「おはよう・・・」

何か気まずいモノがある。
フッた側とフられた側が一緒にいるんだからな・・・。

同じ学校や職場の中で付き合ってた人達が別れてしまうと
その後がかなり気まずくて厄介だと言う話を聞いた事があるけど
きっとこういう感じなんだろう。
もちろん、俺達は付き合った訳じゃ無いからいくらかマシなのかも知れないけど。



・・・俺は、仕事中は微妙に藤井さんを避けてしまった。
やはり普通に接すると言うのは難しい。藤井さんはどうなんだろうか。

そして、客足が少し落ち着いて少し暇になった。



「・・・あの、工藤さん」
「え・・・何？」
「私の事・・・、避けてますか？」
「あ、いや・・・。避けてる訳じゃないんだけど・・・」
「だって、今日は最初に挨拶しただけで何も話してくれないじゃないですか。
　移動する時も、私に近付かないように動いてませんか？」
「・・・・・・」

やっぱり気付かれるか・・・。
そうだよな。明らかに今までとは違う態度なんだから・・・。

「・・・すいません。冗談です」
「え？」
「断った事、気にしてるんですよね？」
「あ・・・、いや・・・」
「こないだ返事を聞かせて貰った時、罪悪感みたいなのを感じてましたよね。
　そんな工藤さんなら、それ以降の接し方が難しいと思うだろうな、って何となく思ってたんですよ。
　そうしたら本当にそうだったんで、ちょっと意地悪したくなっただけです」
「あ・・・、そうだったんだ」

なかなか鋭いな。憂樹みたいだ。

「それに私も・・・、正直、どう接すれば良いのか分からなかったですから」
「そう・・・か・・・」

そりゃそうだろうな・・・。
フラれた側の方がダメージが大きいに決まってる。何度も経験して来たから分かる。
しかも、フッた人とまたすぐに会ったりしなきゃいけないのは精神的に苦痛なモノだ・・・。

「で、ちょっとお願いがあるんですけど・・・」
「何かな」
「勝手なお願いなんですけど、無理をしてでも今まで通りに接してくれませんか」
「え」
「もちろん、私もそうしますから」
「・・・その理由は？」
「そうした方が・・・、早く立ち直れると思うからです。
　気まずいからってお互いに変に避けあったりしてたら、結局傷を広げるだけで
　かえって立ち直りが遅くなるような気がするんです」
「・・・なるほど」
「でも、無理にでも今まで通りに接してればだんだん慣れて来て
　結果的に早く立ち直れると思ったんです。別に縁を切りたい訳では無いですし。
　もちろん、工藤さんが切りたいのなら別なんですけど・・・」
「いや、俺もそんな気は無いよ」
「それなら、お互いが早く気にしないように出来る事が一番ですよね。
　だからこういう事を考えてみたんですけど、どうですか？」

・・・・・・。

凄いな・・・。前にも思ったけど、恋愛の面では藤井さんにはとても敵わない。
既に別れも何度も経験してるのかも知れない。

俺は、失恋したらとにかく気分が落ちる一方で
しばらくの間、ここまでは考えられない。前向きな事とか考える気力が出ない。

それなのに藤井さんは、ほんの数日でもうここまでやろうとしてたのか・・・。

もちろん、失恋しても悲しさを感じなくなった、とかでは無いだろう。
涙を流してたんだし・・・。

でも、いつまでもそれにとらわれてはいけないと
もしかしたら無理やり、ここまで考えたのかも・・・。

強い。本当に強い。
失恋をしっかり自分の『糧』にして来た証拠だろう。



「うん。じゃあそうしようか。凄く良い事だと思う」
「何か変な言い方かも知れないですけど・・・。お互いに頑張りましょうね」
「そうだね、頑張ろう」



こうして、また日常が戻って来た。



今までとは違う『現実』があるが
俺も藤井さんも、自分の為にお互いの為に、前に進む努力をした。



・・・しかし、ここまで前向きな結果になれるって言うのは
今回ばかりは運が良かったのかも知れない・・・。



つづく




　　　　　

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