第百六十四話・触れてはいけない傷痕

「立てよオラ！」
「・・・・・・」

参ったなこりゃ。

喧嘩をする気なんか無いし、恐くも無いんだけど
ここはどうするべきなのか・・・。

・・・しょうがない。
無理かも知れないけど、言葉で諭してみるか。

とりあえず立ち上がった。別に言われた通りにしてる訳じゃない。

「・・・あのさ、貴司君」
「あんだよ？」
「何で俺にムカついてるのさ？」
「決まってんだろ！テメーが人の女に・・・」
「もう君の女じゃないだろ」
「・・・・・・」
「しかもそれは自分からそういう方向に持って行ったんじゃないか。
　ある意味、自業自得ってやつじゃないの？」
「そんなのどうでも良いんだよ！別れたからってすぐに手を付ける辺りがムカつくんだよ！！」
「そりゃワガママってもんじゃないの？別れた以上、藤井さんが誰と付き合おうが自由じゃん。
　別れた、しかも自分からそれを言い出した君がどうこう言う権利なんか無いだろ。
　それって独占欲が強過ぎないかい？捨てた物にまで難癖付けるなら
　最初から捨てないで一生持ってる・・・、いや、棺桶まで持って行けば良いじゃんよ」
「・・・テメェ」
「さっきも言ったけど、俺は藤井さんの話を聞いてただけだし
　その話を聞く原因を作ったのは、言ってみれば君が別れるって言ったからだ。
　つまり、元を辿れば全て君に行き着く訳さ。
　それで俺にムカつくってのは筋違い極まりなくない？」
「・・・・・・」

・・・・・・。

俺、よくこんなにポンポンと言葉が出て来るな。
憂樹には何度も説教されてるけど、他人に説教するのは初めてだ。
それなのにここまで言えるなんて・・・。
何だか俺が俺じゃないみたいだ。



「・・・んなこた、どーでも良い！！！」
「・・・！」
「理由なんかどーだって良いんだよ！
　テメーがムカつくからだ！それで十分なんだよ！！」

・・・・・・。

やれやれ。完全に子供の言い分だな。
高校生なんだから子供っちゃ子供なんだけど
そこを差し引いて考えても大人げ無さ過ぎる。

「テメーなんかに上から目線でどうこう言われたくねえんだよ！
　どうせ女を取っ換えひっかえしてんじゃねえのか！？」
「・・・！！」

・・・・・・。

「俺が・・・、女を取っ換えひっかえしてる・・・？」
「は！図星か！？大方、まともに恋愛とかした事ねえんだろ？
　付き合っちゃあすぐに別の女に行ったりしてよ？
　だから別れてすぐの女に手を出せんだ！違うか！？」
「・・・・・・」
「そんで上手く行かなくても、他にも女はいるとか考えて
　すぐに開き直ってんじゃねえのかよ！？」



・・・・・・。



その時、俺の頭の中で何かが切れるような音がして・・・。



「テメェ！！！！！！」



そこから先は、よく覚えてない・・・。

ただ、思わずアイツに飛び掛って
不意を突けたからなのか、馬乗り状態になったのは何となく覚えてる。



「何も知らねえくせに勝手な事ばっか言ってんじゃねえ！！！
　俺がどんだけ辛い目に遭って来たのか、テメエに分かんのか！！！
　誰が女を取っ替えひっかえしてるって！？誰がすぐに開き直ってるって！？
　そんなふざけた人間だったら、俺はもっと楽に生きて来れたんだよ！！！
　それが出来ないから死ぬほど悲しい想いをしてきたんだ！！！
　知らないからってその傷に触れて良いと思ってんのかテメエは！！！」
「あ・・・」
「何とか言ってみろ！！！え！！？？」



この時の俺は・・・本当にキレていた。

一番触れられたくない傷痕・・・、『失恋』の事を
土足で踏みにじられたような気分だったから・・・。



つづく




　　　　　

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